「方法論上の問題」
茂木健一郎
この文章は、おしら様=塩谷賢をモティーフに、1995年頃書いたものです。
今読むと恥ずかしいところが多々ありますが、私と塩谷の交友関係の当時の雰囲気をよく表しているので、掲載いたします。
(c)茂木健一郎
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I
男は、肉体というメディアを信じない。男が、今この「方法論上の問題」という文章を記しているのも、男という精神の中で起こりつつある現象としての様々な思念を、肉体という桎梏から解放したいがためである。肉体。この未知なるもの。しかし、このぶよぶよの塊に対する男の信頼は、極めて薄いものであると言わざるを得ない。
男の自己像は、次のようなものである。心の中に熱い思いを秘めながら、未だに自己と外界との間に、満足すべき連続的な結合を見いだせないでいる存在。大学院も含めて11年間も学生をやり、いわゆる人並みの生産活動に従事する生活に、未だに踏み切れないでいる中途半端な人間。しかし、ついに、社会から金銭という栄養をもらいながら、自分の志を通すという生態学上の地位を見いだしたように思っている人間。自分の中の政治的な、思想的な、あるいは行動上のラディカリズムの種の管理に苦しむ人間。成功する人生のためには、ある程度のバランス感覚が必要なことを理解しながら、その実、心の奥底では、バランスというもの自体を憎んでいる人間。ベームの「トリスタン」を聴きながら、「この音符が、あと300ミリ秒遅かったら」と夢想している人間。
この男の友人に、唐沢という同じ年齢の人間がいた。
この短編は、男と唐沢を中心とした物語である。
II
唐沢という男を、どのように説明したらいいのだろうか。この男のことが、このような短編小説の題材になるとは、男は実のところ全く思っていない(それどころか、男には、小説というものが一体何なのか最近ではわからなくなっているのだが。少なくとも、「台所」や「北欧の森」のことではないことは確かだ。それにしてもドストエフスキーは幸福だった。)
小説というジャンルを、いっそのこと全廃してしまったほうが良い。現代は、一人の個人のちんけなイマジネーションより、現実の方がはるかに巨大な「外部性」を提供してくれるのだから(この「外部性」のことは、そのうちに説明することにしよう)
男が既成の小説の形態について何よりも気に喰わないのは、それにわかりやすい「始まり」と「終り」があることだ。下らない。現実には、そんな「始まり」や「終り」などない。そんなものは、小説がコンパクトな「商品」として流通するための約束事に過ぎない。宅急便を送るときにつけるラベルのようなものだ。人は、もし宛先のラベルのない宅急便を受けとっったら、どうするだろうか。不安? 勿論、不安になることだろう。そして、自分の回りの真空に何か浮かんでいないか目で捜すのではないだろうか。 何よりも重要なことは、小説を、開かれた存在にすることだ。開放系というやつだ。プリゴジンらの仕事が示したように、もし、過去から未来へ時間が非可逆に進むとしたら、そのように条件付けられた人間の生を豊かにするのは、瞬間瞬間に更新される構造の上の構造だ。フランク・ザッパの音楽のように。
現代の人類が直面している深刻な問題の多くは、方法論的なものだ。一体、チューリング・テストを受けた後で、同じ人間でいられるとでも言うのか? おい、コンピュータのディスプレイの向こうの君! しかし、「山海塾」などの一部の志あるアーティストをのぞけば、いわゆる芸術家のやっていることは、相変わらずの仲間受けだけだ。土砂降りの雨の中に追い出してしまえ! 取り敢えず、文化を創造しているなどとは思わないでもらいたいものだ。もっとも、経済的な観点から見れば、彼らの状況は、そんなに悪い状況というわけではないのだが。全ては、視点に依存するのだ。
方法論上の問題。もし、人間が人間として誠意を持ってこの地上に生き続けようとするならば、どうしても直面せざるを得ない問題。方法論上の問題に、取り組もうとするぐらい恐怖心の薄い奴らがもっとでて来なければ、ニーチェのプログラムもお仕舞いだ。とにかく、現代の人間の置かれている状況を、その全体を、一度冷静に振り返ってみるべきだ。一体、宇宙人ユミットからの手紙が、とんでもない下らない現実には有り得ないナンセンスだと言い切る資格が、誰にあるというのか。それほど、我々の掴んでいる現実は、確固としたものなのだろうか?
LSD(Lucy in the Sky with Diamonds)は、助けになるだろうか? 向こうにいった連中のその後の行状を見ていると、どうやら、あまり助けにならないらしい。こちら側に踏みとどまるとして、問題は、論理(ロジック)でLSDと同じ様な効果を精神にもたらすことだ。論理(ロジック)は、凡百のものが思っているように、冷たい、機械的で陳腐な精神作用ではない。それどころか、論理(ロジック)は、もしそれをとどめることなく適用するならば、思いもかけない地平に人々を連れていくものなのだ。問題は、肝心な所で怖じけづいて、論理(ロジック)の刃を突き立てることをためらってしまうことだ。そう、生存本能というやつが機能してしまうのだ。
おい、そこの君、生きているということがどういうことか、どうか、論理的に突き詰めて考えてみてくれたまえ。一体、あそこの水面で揺れているフェルト帽は、生きているのか、死んでいるのか。ああ、下の方が湿ってきてしまった。
「方法論上の問題」。この短編は、「方法論上の問題」をめぐる、いくつかの思い付きによるお喋りの断片だ。
そう、明らかに、唐沢は、「方法論上の問題」に直面している人間なのだ。そして、おそらく、唐沢とは違ったモードで、男も。
III
「魚徳」のトレード・マークの、あんこうの骨組みが、いつものように店の入り口の左手にぶら下がっていた。男は、唐沢がいつものように洗髪の形跡さえ見られない髪をその巨大な頭に油油とひつのせてカウンターに座っているのを確認してから暖簾をくぐった。
荻窪駅から2分程小道を入った、カウンターと座敷一つの小さな店。いつもと変わらず親父が、
「うまいもんはうまいんだ」
と言いながら魚に塩を振りかけている。そう、そう、そうやって、海に戻して行け! 親父は、もともとは道楽者だ、フランス大使館でポアレなどしたこともある。つやのある顔にビー玉が二つと蓄え髭がのっている。味と素材に付いては妥協しない。お品書きなし。客の個体数は少ない。カウンター奥の壁にはまだとうの立たない頃の親父が威勢良く鯛に塩を振りかけている写真が飾られている。その横には、男が大英博物館から送った青いサングラスの女の象牙像の絵はがきが貼ってある。なんと、この作品は紀元前3500年のものなのだ。オーパーツ・ア・ラ・メール。カウンターの横の通路は狭い。柱に、書き込みが一杯の住所録が画鋲で止めてある。その下の電話は、昔ながらの黒電話だ。
10分後。
「君が直面しているのは、おそらく方法論上の問題なんじゃあないかなあ。」
男は、菊正宗のぬる燗を唐沢に勧めながら、そのように話を持って行った。久しぶりの酒だ。普段は、大脳に悪いので、酒はなるべく飲まないようにしている。もっとも、飲む時は飲む。体の血の巡りを良くするためだ。精神性と肉体性のバランスを取るのは、確かに難しい課題なのだ。
「ところで、君が昨日電話で言っていた、量子力学の遅延選択の問題だが。」
男は、自分自身も菊正宗を喉の粘膜の上に這わせながら言った。
「まあ、この遅延選択の問題は、結局、量子系の観測の前提となるマクロな実験装置のセット・アップをどう考えるかと言う問題なわけだけど、この二つの異なる時空構造を繋ぐのがプランク定数(6.6260755 x 10-34 ジュール・秒)だというわけだ。しかし、このプランク定数というやつは、あくまでも単なる比であって、ミクロとマクロのそれぞれに絶対的なスケールがあるのではないんだよな。」
「絶対的なスケールというものを考えるときには、何等かの第三者的な外部性を考えなければならないから、そのことは当然なのではないだろうか?」
「しかし、最終的には、量子力学的干渉効果というものは、相互作用同時性から導き出されなければならないのだ。」
「そのことなんだが、相互作用同時性というのは、俺がすでに修士論文の中で書いておいたんだけれども気がつかなかったかい?」
「唐沢よ、そうやって、俺がなにか新しい理論を思い付いたりすると、必ずそれが自分の影響下に生まれたとお前が考えたがるのはどういうわけなのだ?」
「別に、お前の思想が、俺の示唆によって生まれたなどと思っているわけではない。ただ、人間というものは、自分の周りにいる人間に、知らず知らずのうちに影響を受けるものであるから、お前が、俺に影響を受けるということは、十分あるのではないだろうか?」
男は、少し喉が乾いたような気がしたので、菊正宗のチェイサーとしてすでに生暖かくなっていたビールを飲み干した。
「武者野小路実篤の色紙に、ある時キュウリとなすの間に交感が生ずるというのは十分有り得るのではないかというのがあったね。」
「トマトとレタスじゃあなかったのかい?」
唐沢が、自分の手のひらをじっと見る。唐沢は、肝臓に脂肪が溜っていると主治医に言われていて、手のひらにいつ赤い星が現れるのかと気にしているのだ。男は、そんな唐沢の顎髭を見ながらぼんやりといった。
「スケール、スケールか。ところで、唐沢よ、インフレーション宇宙というモデルがあるけど、あれはどれくらいからどれくらいまで宇宙が膨張したのか知っていたかい? なんでも、インフレーションでは、宇宙が10ー28センチメートルから、1センチメートルにまで膨張するのだそうだ。」
類は友を呼ぶ、あるいは、朱に交われば赤くなるというが、不思議と、唐沢の言ったことが、しばらく経って男の頭の中でも大きな問題として意識されてくることがある。逆に、男がしばらく一人で考えていたことを、しばらくして唐沢も言い出して、はっとすることがある。最近では、操作のスケールの問題がそうだった。これは、卑近な例で言えば言語の問題だ。また、飛行機から見る原爆の雲の問題でもある。男が操作のスケールの問題に開眼したのは山形県の山寺・立石寺でのことであった。本堂を少し下がった物見台から100メートル程下の街の広がりを見ると、JRの駅を中心に、川が流れ、橋がかかり、車が走り、人々が歩き、雪が降っている。それが、なんということか、雪景色の中に家家の赤い屋根が目に染みて、その存在の確かさに比べて、行き交う人々がまるで冗談のように人形=自動機械のようで明らかに取るに足らないのだ。男がそこを通ってきた駅から山寺に通じる橋の上を、山寺に向かって懸命にあるいている男とそっくりの出で立ち、すなわちスェーターを着てリュックをしょった人形の動きに男は思わずヒステリックな笑いの断片をもらしてから、あわてて物見台に人の気配がないことを確認した。
男の職業は、理論脳科学者だ。ある国立研究所に基礎科学特別研究員という制度で在籍している。これは平たくいえばポスドク、すんわち博士号をとったあとで、しばらく修業を兼ねて臨時雇で勤める地位で、将来の保障は全くない。年俸は600万円でボーナスはないが社会保障はついている。男がやっていることだが、男は、意識の問題を解明しようと本気で取り組んでいる。それも、遺伝子が二つのリボンが絡まった繊維だという発見をしてストックホルムに旅行した今はおじいさんで昔はファッション雑誌が好きだった80年代以来カリフォルニアに住んでいる村山首相の眉毛の某科学者がこの10年間垂れ流しているような毒にも薬にもならない言説とは違う、飛びっきりの辛口の最終的な意識問題の解明を目指して菊正宗を飲んでいるのだ。一方、唐沢の職業は大学院学生だ。こいつは東大の数学科で数学基礎論をやってその後厚生省で死人の統計を五年やって、今は駒場の科学史科学哲学の博士過程の三年生で時間論をやっているが、彼の言説を理解できる人は少ない。唐沢が厚生省の役人をやめて、学生生活に戻ることができたのは、同じ厚生省の隣の課に勤務していた長野県出身の文枝と知合い、池袋のサンシャイン60の59階で結婚し、そしてその後めでたく文枝の給料によって学生生活を送るという道を見いだしたからだ。その上、日本育英会の奨学金をもらい損なったので、今では、駿河台予備校の模擬試験の採点をすることが、唐沢の唯一の収入元となっている。
「何を小難しいことを喋っているんだい?」
唐沢が魚徳の親父のコップにビールをいささか乱暴に注ぐと、親父は男に話を向けてきた。男は、座敷の上にかかっている、親父が以前に火事の現場から人を救出した時に消防署からもらったもうすでに黄ばんでいる感謝状を見上げた。
IV
男は、唐沢に蛙が水の中から片足だけを出している年賀状を送ったことがある。その心は、最初に水の中から片足を出し、その後の陸地への上陸の先駆けとなった両生類の一匹のように、人類の認識上の進化の先駆けになろうというのである。男と唐沢が大学を卒業する年の元旦のことであった。
もっとも、両生類の陸上への進化が起こるような時には、片足を出す個体は、恐らく集団で現れるのであって、ある一個体が特にさきがけとなるということはないのかもしれない。男も、最初に片足を出す両生類になりたいと思っている。だが、男にも、唐沢にも、そのような才能があるのかどうかははっきりしない。一つ言えることは、人間のアチーブメントというものは、単に回転数の速いエンジンが着いていれば達成されるというものではないということだ。何よりも、風を読み、皮膚で感じ、太陽とある厳密に計算された角度をなして歩き続けるとともに、ちょうどその時が来た時に立ち止まらなければならないのだ。
男は、今でも、自分が一線を超えたときのことをはっきりと覚えている。それは、男が大学院に博士論文を提出する直前の冬、唐沢と 男、それに 男の女友達の三人で不忍の池のほとりを歩いているときのことであった。男は、その時少し風邪気味で、微熱を持ち、ウィルスの微細な爆撃に神経をやや高ぶらされて大学の門を出たときから早口で何やら喋っていた。唐沢は時折うんうんとうなるだけで、女友達はその長身の体で冷たい北風を受けていた。
男が熱っぽく喋っていたのは、概ね次のようなことであった。
「今、究極の哲学というものができたとしよう。さて、我々の究極の哲学が1ページの紙に自然言語で書けたとしよう。それは、宇宙の全てを説明する究極の哲学かもしれないが、その物質的表現は、1ページの文字の塊に過ぎない。さて、宇宙の果てからαケンタウルス星人が来たとする。そのαケンタウルス星人は、どのようにして、その究極の哲学と、赤川次郎の三文小説を区別できるのか。そう考えると、一体、もし究極の哲学が出来たとして、それは、どこに存在するのか?そもそも、それは、局在化して存在できるのか? 例えば、アインシュタインのE=mc2はどこに存在するのか? 質量とは何か、エネルギーとは何か、その背景となるニュートン力学、時空構造、質点、相互作用、それら全ての関連性の中に? では、もしそうだとしたら、どうして、E=mc2の意味は、E=mc2に局在化できるのか? どうして、E=mc2という言説が世の中に現れたことによって、広島の上空で1945年8月6日に原子爆弾が破裂しなければならないのか? 一体、E=mc2と、エノラ・ゲイに至る巨大な社会的、歴史的、政治的、経済的、文化的、社会的ネットワークは、どのように関連し合っているのか?」
男がそのようなことを熱っぽく喋っていたのは、「筋収縮におけるアクチンミオシンの空間的構造が酵素反応の属性に与える影響について」という重箱の隅をつつくように聞こえるテーマで博士号(理学)を東京大学の理学系大学院物理学専攻課程から与えられた冬のことであった。男は、生物物理学という学際的な学問で博士号を得たということになる。ああ、そうだった。男が博士論文密室審査を終えて東大理学部1号館の219号室に帰ってきたとき、偶然にも、研究室のモノーラルのラディオカセットからNHKFM放送局から電波で送られたワグナーの「ジークフリート牧歌」が流れていたのだった。その不意打ちの安らぎの旋律は男の高ぶった中枢神経をぬるぬるとした弛緩剤でマッサージし、微かに研磨剤の入ったオイルの感触が男をルサンチマンの少ない世界へと徐々に運び移していったのであった。
V
唐沢と男の交流は、様々な場所で喋ることによって成立している。
唐沢と文枝の夫婦関係が新婚当初のふつふつとした溶岩の熱もさめて安定した黒い大地となったが、未だ温い熱を持っている、そのような晩秋の季節が訪れた。クリストの「アンブレラ」展を見にいったのは、そんな秋のことであった。
「アンブレラ」展では、日本とカリフォルニアに、各々三千本の傘が並べられた。日本の傘は青で、カリフォルニアの傘は黄色である。クリストは前衛芸術家で、過去に、フロリダの沖に浮かぶ小島の周りをピンクのビニル・シートで囲み、その上に海鳥が止まって呆然と休んでいるところを撮影したポスト・カードを販売したりしている。クリストの芸術は、プロジェクトを実行する許可を得る為に役人と交渉するところから始まる。その過程で、彼が自らの創造行為の舞台として選んだ空間において展開されている人間的関係の可視化が実現するのだ。クリストは、ニューヨーク、セントラル・パークの全ての歩道を黄色いビニルシートで覆ったり、ベルリンの帝国議会を梱包するプロジェクトを発表しているが、今のところ実現のメドは立っていない。
男の家に、唐沢のニッサンの中古のバンが迎えに来た。男がさっと飛び乗ると、唐沢はあっという間に発進した。まるでアジトにテロルの実行部隊を迎えに来た過激派の工作隊のようであった。
その時は、会場となった茨木県里美村の山村には台風の影響の強い風が吹いていて、アンブレラは開かれることなく、真っ直ぐに天に伸びた青い支柱と化して農村風景のそこここに置かれていた。もちろん、傘が御開帳にならなかったことは、唐沢と男を落胆させた。男を魅了したのは、むしろ、稲の取り入れを終えてひろびろと広がる乾いた水田の中をくねくねと進む細い道と、その道に寄り添うように時折その流れを見せる清流と、そのような風景の中に点在する農家の姿であった。男は、クリストの意図が、風景の中に置かれたアンブレラを位相幾何学的に逆転したキャンバスとしてその背景の中に風景をじっくりと見せようという一種の倒錯の企図だったのではないかと思った。
アンブレラが開かれるところを見たいという酔狂な男+唐沢+文枝は、その一週間後、もう一度アンブレラへの旅を企てた。今度は、冬へとレタルダンドでその灼熱をなだめていく太陽が、思いがけず穏やかな下界の照らし出しを見せる、ウィーク・デーの一日であったが、傘満開のマスコミ報道に煽られて沢山の見物人がやってきていた。もっとも、その内の9割はこの入場料無料のイベントに季節はずれの花見の機会をかぎつけてやってきた神経の作用の緩慢なる人々であったことであろう。もちろん、アンブレラの巨大な重量を支えるために地面との接合部にもうけられたコンクリの土台の上に腰を下ろして、青い日除けの下の幾らか工業化社会風に浄化された空気を吸い込みながら、様々な飲食物を摂取するという行為は、クリストがアンブレラというイベントの使用目的、転用目的としてあらかじめ企図したものであったし、実際、男と唐沢は、文枝が持ち込んできた大量のお握りをうまそうに頬張ったのであって、アンブレラ展に関する気の利いた風の芸術談義よりも、それはむしろアンブレラというキャンバスに描く人間の行為トラジェクトリとしては気持ちのいいものであったのだ。
男と唐沢は、会場となった里美村の領域に向かう国道の辻に建てられたアンブレラ・プロジェクトの事務所を尋ねた。この馬鹿げた壮大な企てを実現するために、例えば三千本の傘の開閉に要するボランティアの数だけでも大変なものだったし、あちらこちらにある案内所で傘の在処をしめす地図を来訪者に配る人や、臨時駐車場に車を誘導する人も必要なわけで、それはもう小さな軍隊を1個師団指揮するようなものだったから、実際にこの事務所で偶然見回りから帰ってきたクリスト氏を見かけ、握手をしてもらった時に、クリスト氏の体が思いもかけず華奢で、その手が柔らかく繊細で頼りないものであったことに男も唐沢も大いに驚いたのであった。
愉快だったのは、里美村の民宿に泊まった時のことで、男がまるで一昔前の文化住宅にあった風呂の浴槽に入っていると、ベルーガ鯨のように白い唐沢のもち肌の巨体がいきなりガラス戸の向こうから侵入してきたので、男があわてて風呂を上がったことであった。風呂のガラス窓は開け放たれ、その向こうには雨の中刈り入れの終わった水田のあちらこちらにクリスト氏のアンブレラが閉じられたまま悄然と立っていたのだった。
VI
男と唐沢が初めて出会ったのは、駒場のキャンパスにてであった。もう、15年近く前のことである。
唐沢は、その当時は高校時代からの名残の黒い学生服を着こなし、現在の10分の1トンの巨体と肉体的同一性のある人物とは思えないほどスリムな体をしていた。唐沢は、合唱団に所属していて、駒場のキャンパスの中を、宗教曲をうなりながら歩き回っていた。新入生と見ると必ず声をかける原理研究会の連中も、唐沢にだけは声をかけなかった。一方、男の方は、その童顔が災いして大学院に進学した後も、駒場のキャンパスを歩いていると時々原理研究会の連中に声をかけられることがあった。
男は、出会ってすぐに、唐沢の類希なる才能に魅了された。
「無限という鉛筆があるとしよう。この鉛筆が一本あって、その隣に、何故、もう一本の鉛筆を並べることができないのか。何故、無限と無限の並列ということを考えられないのだろう。」
唐沢は、いつもそのような訳の判らないことをぶつぶつ言っていた。唐沢が、何か、尋常ならざるものにとりつかれ、自分でも気がつかないうちにある方向に駆立てられていることは明らかであった。男は、いつも、このような熱い駆動力を持つ存在に心を惹かれた。あたかも、そのことが、男の中のある野蛮な核の存在証明であるかのように。唐沢の情熱は、食べることにも向けられていた。東京都内のラーメン屋、ギョウザ屋、テンプラ屋、洋食屋、寿司屋のどこがうまいか、そして、そこにはバス路線のどれに乗っていけば良いか、そのような問題に、唐沢は少なくともZFの公理系に対してと同じくらいの情熱を注いだ。唐沢の奇妙な嗜好は、どんな場合でも鉄道よりはバスに乗って行くことを最上とするという点に現れていた。男は、身の回り5メートルの問題に形而上学に対するのと同質の情熱を注ぐという唐沢によって新しく開かれた可能性の中で自分の身体と精神を運動させることを覚えていった。
「場の古典論」という駒場の物理のI教授が主催するゼミナールに、唐沢と男は顔を出した。このゼミナールは、ランダウとリフシッツというロシアの理論物理学者が書いたアインシュタインの一般相対性理論を解説した本である。ゼミナールは、夕方5時ころから、駒場の教養部図書館の4階にあったゼミナール室で行われた。最初は10人を超えていた参加者も、最後の方になると、唐沢と男を含む数人になってしまった。もっとも、このようなポピュラリティにおける惨状は、唐沢と男が共に参加したゼミナールや授業に共通して見られる傾向であった。ここで注目されなければならないのは、唐沢と男は、別に示し合せて同じ授業に出ていたわけではなくって、独立の意志決定をして、その結果たまたま重なったに過ぎないということである。
「場の古典論」のゼミナールの最終回の日、唐沢と男は授業が終った後もゼミナール室に残って、I教授を質問攻めにし、挙げ句の果ては駒場の運動場方向の地の果てるところにあった散文的な4階建ての建物の1階にあったI教授の居室にまで押しかけていった。ここで、唐沢と男は最初はI教授に一般相対性理論の様々な側面について質問していたが、そのうちに唐沢は時間の空間の関係、とりわけ、無限集合論における連続体仮説においてどのような立場をとるかが、「点」という概念にどのような変化をもたらすかの解説をし始め、男も、質量の大きさが周囲の真空との関係で決るという高校時代から温めていたアイデアを、I教授室の黒板に汚い字でなぐり書きしながら、とうとうと弁じ始めた。哀れなのは、I教授の方であった。時刻は、もう既に、8時を回っていて、I教授は夕食を済ませていなかった。それに、唐沢と男の述べ立てていたアイデアは、大学に入り立ての感激しやすい青年が夢想の果てに封筒の裏に書き付ける戯言を超えるものではなかった。I教授は、しまいに目を白黒させて、
「まあ、いろいろ考えるのはいいけれど、今の私に言えることは、君達、よく勉強しなさいということですね。」
と一言述べて、教授室のドアを閉めたのであった。
男は、このような唐沢との一つ一つのエピソードの愉快と、滑稽と、軽みと、深みと、男の人生にとってのかけがえのなさを深く感じている。もちろん、このような実存的な人生の意味は、それぞれの生存に平等に与えられていることであろう。それにしても、ああ、肉体というメディアは、信用することができない。何故ならば、少なくとも男から見れば素晴らしく充実しているように思われる、しかし世間にわかりやすい形で流通して名誉をもたらすには余りにも不定形で軟弱な唐沢の思想、あるいは 男と唐沢の間で行われる生き生きとした会話も、男や唐沢がこの世界から消滅してしまえば、永遠に消えてしまうからだ。
男は、女友達と3月の沖縄を訪れた時に、人少ない渡嘉敷の砂浜でマルオミナエシと呼ばれる貝の殻を拾い集めるのに熱中したことがある。この貝の殻には黒から茶色であるいは富士山が数十連なったような、あるいは楔形文字のような、あるいは未知の演算法則を表したような紋様が浮き出ていて、男が触発されてどのような生物的プロセスでマルオミナエシの紋様ができるかを、民宿の畳間に腹ばいになって計算した。男が思ったことは、貝殻の一つ一つが、浅瀬の海藻の間でプランクトンとして生まれ、燦然たる大虐殺の中で奇跡的に生き残り、自らも他の多くの生命を殺すことによってその有機体を太らせ、海の中の様々な水の動きに揺られ、太陽光線を浴び、砂に埋もれ、徐々に石灰質を蓄積させ、そしてついに力尽きて、黒光りする砂が待ち受ける波打ち際にその肉体を投げ出したマルオミナエシの生の経路の痕跡なのであるということだった。マルオミナエシの事蹟を人間に当てはめることは余りにも悲しいことのように思えて、男は、鯨が現れるという海峡の道を、この島に住むという作家の家を目指して歩いていったのだった。
あるいは、単にその時空を生きるだけで、その空気を吸って吐くだけで、その全ての営為、思想が記録されるようなメディアがこの宇宙なのかもしれないし、実際、論理的に突き詰めて考えれば、そのような結論に達することになるのであろう。何故ならば、宇宙という存在が、外部記憶装置を必要とするとは思えないからだ。つまり、宇宙は、それ自体で自己充足的なのであり、どのように浪費された人生の軌跡も、唯在るだけで完結しているという考え方である。もっとも、そのような考え方が、果して人を慰謝するものであるかどうかは判らないが。
VII
唐沢が、モントリオールのフランス料理屋で見せた睥睨すべからぬ振舞いを、男は今でもよく覚えている。八月のことであった。モントリオールに留学している男の友人で紐の宇宙論をやっている理論物理学者、その友人で関西からやってきて、神戸という日本料理店に行くのが好きな政治学専攻の留学生、そして 男と、男の女友達、そして唐沢の5人でそのオールド・モントリオールにあるレストランに入ったのである。この旅行にはちょっとした仕掛があって、男が女友達とモントリオールへ向かうということは、男より1週間ほど先にモントリオール入りしていた唐沢には知らせていなかったので、唐沢は男が女友達とつき合っているということも知らなかったので、水臭いじゃあないか、それにしても、俺は、パスポートを持ち歩くのは厭だ、そのような重い荷物は、どこかに置いておけるような環境じゃあないと落ち着けないと、男に一頻りぼやいたのであった。
そのレストランは、旧市街の観光客相手にTシャツを売るような店が入っている石作りの建物が並ぶ一角の、カリブーの角のように緩やかにカーヴした道沿いの一階にあった。
5人は、店の中央にある、長いメイン・テーブルに座らされた。この店側の処置が、後に見るように見る人に尋常ならざる印象を与える唐沢の外見によるものであったのか、あるいは、単に、5人という数字が、それよりも少人数の客を相手にすることを常とする店側にとって、例外的な処置を要求されるものであったのかは定かではない。
さて、メニューが運ばれ、一人一人が料理を注文する段になった。男の女友達の傍らに立ったギャルソンは、
「マダム?」
と一言言うと、首をやや傾げて、まるで、池の家鴨が不思議な物を発見して、これはなんだろうと思いめぐらしているような、曖昧な待ちの姿勢をとったのである。それは、実に味わい深い、ふくよかな複線的瞬間であった。モーツアルトの第41シンフォニーの第一楽章に一瞬現れるような瞬間だ。海外旅行が初めてで、このような扱いになれていない男の女友達はどぎまぎしてしまい、女友達が座ったあたりの体温の上がり方が、またいかにもその場ににつかわしかった。
料理の注文の後は、ワインを頼む段になった。もっとも、それほど格式ばったレストランではないので、ソムリエが別にいるわけではない。女友達の心に漣を起こしたギャルソンが、今度はこの酒席のホストと見なされるべき人間を同定し、お近付きを図る段になったのだ。さて、そのフランス系カナダ人のギャルソンは、ワイン・リストを持つと、さっさと唐沢の席へと向かった。そこには何の迷いもなかった。実際、特にその日はホストが誰だとか決めていたわけではないのだが、立派な顎髭とどっしりと突き出た下腹部の効果により、その人生の達人たるべきギャルソンは、唐沢がその日のホストであると勝手に決めてしまったらしかったのだ。
「うにゃむにゃむにゃ」
このようなペダンティックな才覚が必要とされる場面ではいつも素晴らしく水際だった振舞いを見せる唐沢が、ボルドーとドイツとカリフォルニアとオーストラリアの間を行ったり来たりしながら、たっぷり5分間はかけて、その場に居合せた五人の人間の財布の中身と審美舌からまずは手ごろでしかも陳腐ではない赤と白を一本づつ選んだ。
ギャルソンが注文されたワインを持ってくる。白は、きちんと、ワイン・クーラーで冷やしてある。もちろん、男のテーブルで最も重要な人物と見なされた唐沢に、お試しを願うことになる。唐沢のワイン・テイスティングは、ゆったりと、ラルゴで、まず赤い液体の入ったグラスを緩やかに揺することから始まり、一口含み、舌の上で転がし、喉の奥に流れさせ、鼻腔を膨らませ、舌を鳴らし、低くうなり、ギャルソンをちらっと横目でねめつけて、最後に微かに小首を傾げることでやっと終った。最初は怪訝そうな、次第に不安そうな、そして最後には落ち着きなくレストランの中を見回していたギャルソンは、ほっとしたように女友達のテーブルへと一直線に向かった。そこには、思いもかけず長く執拗に痛みつけられた職業人の開放感があった。
そのレストランの料理は満足すべきもので、男は魚料理をメインに前菜とスープを取ったが、何よりも男の印象に残ったことと言えば、唐沢が他の人の二倍の量の料理を注文したことであった。というのも、男を含めた四人がア・ラ・カルテでコースを構成することを最初からあきらめて、適当なディッシュの摘み食いに走ったのに対して、唐沢は、律儀にも、前菜二品、スープ、魚、肉と、一通りの注文を並べ立てたからであった。しかも、それは、きちんとしたコースを構成すべきだという見栄から出た行為ではなく、あくまでも自分の咽頭から大腸にかけての一列の消化器系と相談の上決定された当為自然であった。
皆が満腹でふうふう言っている中、唐沢は悠然と自らの前のテーブルに並べられて料理を片付けていった。理論物理学者は、唐沢はまるで肉でできたブラック・ホールのようだと肩をすくめた。その上、驚くべきことに、唐沢は、デザートの後にチーズを注文することも忘れなかった。デザートの後にポートを飲みながら穴空きや白かびや青かびのチーズを食べるというフランス人の脂肪にまみれた習慣については、男は予てから聞き及んでいいたが、唐沢が実際にそれを実行しているのを目撃してみると、このような習慣は唐沢のように10分の1トンの体重を抱えるような立派な体躯とそれなりの食習慣を持つものにのみ定められた風習なのだと、納得せざるを得なかった。
VIII
唐沢の経歴で興味深いことは、父親が海上自衛官であった関係で全国を転々としたことである。
自衛隊の問題は、唐沢と男の間で最初の頃にはちょっとした緊張の元となった。何故ならば、男は、小学校から革新系の知事のいる県で育ち、父親は共産党支持者で、また御多分にもれず若くして進歩的な知識人を気取って居たからであり、また、唐沢は、抽象的な問題に関しては蛮勇を振るうのに、自分の身の周り5メートルの範囲内に入る件に関しては、驚くほど敏感で臆病になるからなのであった。男は、唐沢に対しては、普段口にしているような軍人批判を直接表明することはなかった。男がしばしば引用したのは、理論物理学者アルベルト・アインシュタインの次のような言葉であった。私は、ある人物が軍隊の行進に喜んで参加するという事実だけで、その人を軽蔑する。彼の大脳は必要なかったのであり、彼には、延随だけで十分であったろう。
もっとも、男の自衛隊嫌いは、それほど性根の座ったものではない。実際に国家の暴力機構を目の前にしてしまうと、それはとにかくおどろおどろしく恐ろしいもので、男に、その反自衛隊感情を行動に表すほどの向こう見ずな勇気などないのであった。
男の在籍する研究所の横には、アメリカ軍の管理する鉄条網にぐるりを囲まれた広大な土地が広がっていて、現在ではFENの巨大な鉄塔が一本立つだけで、あとは何本かの広葉樹が立つ牧場のような緩慢な領域になっている。一応、所々にOFF LIMITS(立入り禁止)と書かれ、ここに許可無く立ち入ったものは日本国の特別立法により処罰されると表示されているものの、実体はそのような軍事的緊張をはらんだものではなく、実際にOFF LIMITSの土地を横切って研究所に通っていた剛の者も過去にはいたという。いずれにせよ、この広大な治外法権の土地の一部が矩形に切りとられていて、そこには市民が許可を得れば立ち入ることのできるスポーツ設備が設けられている。すなわち、野球のフィールド一面と、ベンチが二つ、それに更衣のための木の箱が一つ設置されているのである。大学院を修了して研究所に就職した男は、人目見てこの野球場が気に入った。晩春ともなり、フィールドのファウル・エリアには蒲公英や白爪草や赤爪草が一面に生えて、地面をつつき起こして餌を取る椋鳥の群がやってきた。野球場も、OFF LIMITSの立て看板こそなかったものの、回りを鉄条網に囲まれていて、研究所とは反対側の道路に面した入り口からしか入れないようになっていたが、研究所との間の鉄条網には一箇所穴が空いていて、そこから人一人しゃがめば野球場に出入りすることができるようになっていた。男は、午後の一番気温が上がる時間など、この穴から野球場に侵入して、椋鳥の群を見ながら、ベンチに横になって、ぼんやりしているのを好むようになった。もちろん、午後のそのような時間は勤務時間内であったが、もともと理論の研究者に勤務時間などというものはあってないようなものであったし、男はノート1冊を持参して、思い付いたことをいろいろと書き留めるのを習慣としていたから、それなりの大義名分があったわけである。男は、大学院を終了して、このような生活ができるようになったことを喜んだ。理科系というのは、どうもこの頃人気がないようだが、このようなライフ・スタイルならば、十分にファッショナブルなのではないかと考え、「OUTDOOR SCIENTIST」というブランドで売り出すことを考えた。
自衛隊のヘリコプターに追いかけられたのは、男がいつものようにベンチの上に寝っころがって野外派科学者を決めこんでいたときであった。近くに自衛隊の駐屯地がある関係で、研究所の上をよくヘリコプターが飛んでいたのだが、この日は、どういうわけはそのヘリコプターは野球場の上で旋回し始めたのであった。最初は、いつものようにすぐに通りすぎていく鳥の影くらいにしか思っていなかった男も、ついにヘリコプターが3回目の旋回を始め、しかもその旋回半径が男の横たわっているベンチを中心に次第に狭まって来ているのを悟って、顔から血の気が引いた。男は、上目使いに上空のヘリコプターを注視しながら、そろりそろりと鉄条網の穴から、研究所の敷地に戻った。不幸なことに、野球場にも、研究所の敷地の中にも、男が隠れられるような木の蔭はなかった。しかし、男は、別に法律を犯したわけではなかった。そう思いたかった。ただ、鉄条網に囲まれた野球場で、昼寝をしていただけだ。後ろめたさを感じていることを、上空の自衛隊のヘリコプターに悟られたくなかった。男は、できるだけさりげなく、研究所の敷地を歩いた。野球場を旋回していたヘリコプターは、男の行き先を確かめるように、研究所の敷地の上空に移動した。一番近い研究所の建物までは、百メートル程あった。男は、そうすることが自衛官たちにけしからぬ侵入者と研究所の間の関係性を確信させてしまい、自分にとっても研究所にとってもまずいことになりはしまいかと懸念しながら、取り敢えずその建物の中に身を隠した。建物の中に入った時、男は、もちろんそんなことはあり得るはずもないが、自分が抽象的な銃撃の可能性に怯えていたことに気がついた。
男と自衛隊ヘリコプターの間のエピソードは、これだけである。この事件はとり立てて大きな波紋を巻き起こさなかったらしく、男は研究所の理事長に呼び出されることもなかったし、そもそも、あの自衛隊ヘリコプターは、男を、面白半分に追いかけ回しただけだったようであった。きっと、上官にとって、若い自衛官に、おい、あんなところに男がいるぞ。回りが鉄条網に囲まれているのに、どうやって入ったんだろう。一つ、脅かしてやれということは、ちょっとした洒落に属することだったのだろう。その証拠に、男が出入りした鉄条網の穴は、このエピソードから二年経った今も、そのままで放置されている。、
IX
未来感覚ということを、一時期から男は言うようになった。保守主義とは、老齢化の現れに過ぎない、そう男は考えている。日本の伝統文化を守るべきだという主張もそうである。未来対過去の闘いにおいて、未来は常に胡散臭いものである。何故ならば、未来は、未だ我々の知らないいわば黄泉の国に属しているのであって、そのような事情を通して、我々の感情の最もプリミティヴな部分、最も保守的な部分に訴えかけてくるからである。未来を受け入れるな、うさんくさいぞ! というわけである。従って、未来対過去の闘いにおいて、我々はできるだけ未来の側に与しなければならないのであって、それで、初めて釣合がとれるのだと男は考えている。
例えば、いつ宇宙人の乗った円盤が実際にやってくるかということが問題なのではない。いつか、やって来ることが在り得るという可能性が驚くべきことなのだ。未来感覚とは、未来において起こりうることを、感性としてすでに現在に取り入れてしまうことだ。男がパリに行った時、男は、このアフリカの香芳が満ちた街が、未来感覚を持つ先覚的な人間達によって言わば暴力的に創造され、今現在も暴力的に更新されつつあることを感じた。何しろ、長さの単位を決めるためにわざわざ地球の大きさを測ろうとする人達なのだ。
伝統とは、更新されなければ、単なるマンネリズムになってしまう。男は、京都の最も由緒在る寺院の日本庭園の片隅に、巨大な金色の人指し指を立てることを夢想する。時間の流れは、並列性を許容するためにこそ存在する。いつか、漢字の代わりにアルファベットを基調とする日本語ができないとは限らない。いずれにせよ外国語なのだし、時間的経過の問題に過ぎない。科学は、常に理論が更新され、ニュートンと現在では全くその内容が異なるにも関わらず自己同一性を保っている。このような概念をメタ概念という。同じ様に、日本という概念は、メタ概念なのだ。すなわち、その文化的内容が固定化した、いわゆる日本という概念に代わって、我々は、その具体的内容が変化しても同一性を保つメタ日本の概念を打ち立てなければならないのである。それが、未来感覚というものだと男は考える。
今ではプラグマティズムの最も単純な哲学の実践の場となってしまったアメリカ合衆国においても、上のような意味での未来感覚が満ち満ちた時があった。すなわち、ボブ・ディランに代表される反戦派の歌手が未来感覚に満ちたフォーク・ソングを歌っていた頃だ。男も唐沢も、このころの、さわやかな一陣の風が吹くような歌の雰囲気が好きだ。
唐沢は特にPPMが好きで、その中でもパフが好きだ。パフを聞く唐沢は、いつも涙してしまう。一度、唐沢は我々人間の出発点はパフなのであって、そこに留まることが実は最大の幸福なのではないかと発言したことがあった。
あの時代には、風が吹いていた。我々の依って立つ基盤、現存の秩序、それらを疑わせ、不安にさせ、我々という生命の奥深くにしまい込まれていていざという時には必ずや作動するに違いないあるダイナミックな装置を起動させる風、その皮膚を通しての感覚刺激が。
男は、ジョン・バエズのもし幸運でなかったらの歌に涙する。私の全ての苦悩はの歌に戦慄する。ベネトンのエイズで瀕死の患者の広告のモチーフは、この歌によって先取りされていた。
静かに、幼き子よ、泣いてはだめ。
お母さんが、死すべく生まれてきたことは、知っているでしょう。
それに、私の全ての苦悩は、もうすぐ終りになるのです。
X
男は、物理の学部を出た後、法学部に学士入学した。大教室とよばれるがらんとした部屋で行われる授業に、男は最初の三日間しか出席しなかった。何が男を本能的に嫌悪させたのだろうか。今では 男は確信を持って言うことができる。男が本能的に嫌ったのは、彼ら法科の学生の鼻持ちならないエリート意識でも、法学部の周囲に満ちている拭いされ得ない俗物の気配でもない。男が本能的に嫌ったのは、彼らが、心理的に去勢された存在だったからであった。
もし、東大法学部が今でも日本を支配しているという幻想があるのだとすれば(そのような幻想は、世界の成り立ちについて素人の輩のかまととぶった言説に他ならないが)、それは、日本において「天才」という現象がジャンル的に成り立ちにくくなったということと関係が有る。一体、星が幾千集まったとしても、一つの太陽の前では何だというのだろうか? でも、太陽が出ない永遠の夜が続くとしたら? 星どころか、懐中電灯でもましだということになる。
男は、法文一号館の傍らを歩きながら、よく自問した。政治と法律の間には、どのような関係があるのだろうか。法学部で教えていたのは、あたかも人生の政治的なものが、法律の下にあるというような錯覚、あるいは、彼らの大好きな言葉を使えば、擬制に過ぎなかった。しかし、本来、政治的なものは、法律の上にあるはずのものなのだ。法律など、変えてしまえば良い。ああ、現行法、しかも、醜い日本語で書かれた実定法の枠組みを絶対的な前提として、自分の理性を殺し、批判精神を殺し、一つの電池で駆動されたオートマトンと化して、重箱の隅を突き合ってため息をついて喜んでいる彼らの存在のなんと悲しく寒々しく、滑稽なことよ。全く、これらの全ての阿保らしさを支えている社会的な制度に彼らは鈍感なのか、それとも気がついていて敢えて見ようとしないのか? 君達ねえ、もし、法律の改正作業が、インターネットを通して行われるようになったとしたら、実定法なんてえのは、単に時空構造の中で暫定的に作られる散逸構造だということがもっと見えてくるだろうよ。大体、君達が長湯でふやけた顔をしてのたまう法的安定性などというのは、法律家が自らの怠惰を正当化するための都合のいい理屈に過ぎないのだよ。それこそ、未来感覚の欠如というものだ。唯一の妥当な視点は、実際的なものではないかね。もっとも、ナチスが出てきたら困るだろうが、法的安定性にナチスを防ぐ力などもともとないということは、少し考えれば分かることではないか、そうじゃあないかね、君。
XI
男が、今、自分の生命の細胞の燃焼の総体から来る未来感覚をもって取りくんでいるのが、意識の問題である。男のアプローチは独創的なもので、すくなくとも胡麻化しの少ないものだ。しかし、男は、それでも、意識の問題を今後百年で解決することは不可能であると思っている。このことは、脳は複雑であり、それをその脳を構成している物質的な構成単位に還元することが事実上困難であるというため息を意味するのではない。ただ、男は知っているのだ。意識の問題には、ニュートン以来の数量的科学観を最終的に覆す、クオリアというトロイの木馬、最終爆弾が存在することを。例の二重りぼんのじいさんが最近の「驚くべき仮説」という本で何と書いているか、ここで引用してみよう。
読者は、私が意識について様々な憶測を述べ立てたにもかかわらず、長期的に見れば最も深遠な問題を巧みにさけたという印象を持つだろう。私は、クオリアの問題ー「赤」の「赤」らしさの問題ーについては、何も述べることをしなかった。この問題に関しては、私は、それをわきに押しやり、幸運を祈るとしか言い様がない。
まあ、このじいさんの幸運を祈るというところか。だが、このじいさんは、少なくとも、クオリアの問題が極めて深刻な問題であり、潜在的には人類の世界観を覆しかねない問題であることを理解している。男に言わせれば、クオリアの問題の深刻さを理解していない学者は、それが自然科学者であろうと、社会科学者であろうと、あるいは人文科学者であろうと、ゲーテのいう、全てを統べるものとしての学問をやる資格はない。もちろん、古典的にはいわゆる心身問題の変形に過ぎないのだが、ニュートン以来の物理学のプログラムがぎりぎりと詰めてきた物質的世界観が、クオリアの問題の前でかくも脆くも挫折すると言うのは真に驚嘆すべきことであって、この点は、安易な神秘主義者、新興宗教家、反科学主義者の遥か思い至らないことであると男は考えている。
XII
その覚醒は、男の場合ある時突然起こった。勤め先の研究所にから自宅へ帰る電車の中で、男は、世界が「感覚」から構成されていること、そして、感覚以外のものは、我々には与えられていないことを突然理解したのである。男は、この 男の経験を、感覚への回帰と呼んでいる。そして、感覚こそ、脳をそれを構成する物質的な単位の動作に還元しようというサイバネティックス派の学者のプログラムの、最終的な限界を画するものなのである。現在サイバネティクス、ないしはその縮小再生産を行っている人工知能論者(AI主義者)の総本山は、アメリカのマサチューセッツ工科大学のミンスキー教授だが、彼らにも、サイバネティックスのそもそもの創設者であるノルベルト・ウィーナーが持っていたような狂気の一部でも持ってほしいものである。
パウル・クレーは、チュニジアへの旅行において、色彩に開眼したという。
色彩は、私を捉えた。自分の方から色彩を捜し求めるまでもない。私には、よく判る。色彩は、私を永遠に捉えたのだ。私と、色彩は一体だーこれこそ、幸福なひとときでなくて何であろうか。私は絵書きなのだ。
感覚は、私を捉えた。自分の方から感覚を捜し求めるまでもない。私には、よく判る。感覚は、私を永遠に捉えたのだ。私と、感覚は一体だーこれこそ、幸福なひとときでなくて何であろうか。私は科学者なのだ。
男の中では、感覚の問題の探求は、いつしか今と異なる現実が生ずるという未来感覚と深く結びついている。知的な人間にとっての未来感覚の革新は、自分が未だ知覚していないもの、未だ人類の知のカタログに記載されていないが、確実にこの世界に存在するものの予感(Ahnungというドイツ語の語感が好きだ)を持つことである。
見るがよい、私は、あなたに一つの謎を伝えよう。私たちは一人残らず、眠ることがない。そして、私たちは一人残らず、一瞬のうちに、その存在の本質を変化させてしまうだろう。
コリント人への手紙
問題は、実際に宇宙人の乗った空飛ぶ円盤が存在するかしないかではなく、それが存在し得るということなのだ。
XIII
デリヴァティヴという金融商品があるそうだ。実体経済の生き生きとしたクオリアから遠く離れた連合野の中枢で密やかに繰り広げられるマネー・ゲーム。経済学というのも、いろいろと根源的な訳の判らなさを含んだ体系だ。例えば、経済成長というものが一体何なのか、男には全く判らない。誰か、この疑問に明確な答えを与えてくれる人がいたら、ノーベル経済学賞を十個やっても良い。
そもそもの疑義はこのようなことだ。個人の資産を評価する時に、それを流通価値で評価するのは良いとして、日本の総資産という言い方は、一体何を意味しているのか? システムの中の一要素という流通性に対して流通価値を評価することは可能であるとしても、その評価を、システム全体に及ぼすことは原理的に不可能なはずだ。(もっとも、そのような計算を、名目上行うことができることは認めざるを得ないが)そもそも、経済成長の計算が原理上できるかどうかについては、次のような疑義がある。つまり、実質経済成長率を出すために必要なはずの、物価上昇率は、どのように計算することができるのかという問題だ。つまり、最も深刻な問題は、商品の自己同一性の保証の問題であって、大根一本は確かに平成10年においても昭和30年においても同じ大根一本だろうが、全ての商品にこのような自己同一性を保証することは原理的に不可能だということだ。これは、少し考えてみれば誰でも判るはずだ。そもそも、実質的な経済成長とは、商品が、自己同一性を革新する過程ではないのか? そうだとすると、自己同一性の革新による経済システムの変質を、成長という線型的な膨張モデルで、一体どのようにして評価しようと言うのか?
経済成長とは、自然の有機体と調和のシステムを、人間が管理維持する人工的な鉄と油のシステムで置き換えるという試みに過ぎないのではないだろうか? 後進国と先進国の違いは、そのようなラベルで呼ばれている空間の広がりが、人工的なシステムによって支配されているか、あるいは、自然のシステムによって支配されているかという差異に他ならないのではないだろうか?
XIV
おお、神様、この宇宙の中心で、全てを一つに縛っている謎がもし私たち死すべきものに理解し得るものであるならば、どうか、私の理性がまどろんでいる間にこっそりと私にだけお教えください。例え、それがどのような重大な結果を私の一身上にもたらすとしても。
XV
しばらく前から、男を時々とらえる幻想がある。それは次のようなものだ。
男と唐沢は、すっかり息詰まってしまった。もう、全ての思考が虚しい。人間と、宇宙の全てを中心で統べている核心を理解する知性のレベルとの関係は、一つの細胞と多細胞生物、あるいは、アデニンの中の炭素分子と遺伝子配列の関係と同じだ。残されている唯一の道は、思考を停止して、最も卑劣なパフォーマンスの舞踏に参加するだけだ。男と唐沢は、腕をだらりと垂らして、街を目指す。ジーンズのポケットには、信販系のクレディット・カードをしのばせて・・・。その時、空の上から雲に乗って木作りの神が降りてきる。神の姿を見た途端に、男と唐沢は身動きができなくなる。全ての意志と運動制御の兆候は消え、ただ、生命維持に必要な自律神経系の働きと、純粋な原始感覚だけが残る。木作りの神は、男と唐沢に行くべき方向を指し示す。男は、西の方向へ歩き始めた唐沢が次第に網膜位相保存性の視野の中で小さく隅の方へ消えて行くのを眺めながら、海の方へ、海の方へと歩いて行く。そして、男の目指す海の波の重なりの彼方からは、人造人間ホムンクルスの入ったガラス瓶の割れる爽やかで胸をときめかせる音が聞こえてくる・・・ 。
XVI
魚徳の店内では、毎年恒例の鮟鱇鍋の会が行われていた。
「俺は、今、『昼間』にいる。」
男は言った。
「エックルスという大脳生理学者は、18歳の時に筆舌に尽くし難い凄い体験をして、それ以来すっかり人生が変わってしまった。それで、彼は脳の研究をして、ノーベル賞までもらった。しかし、エックルスは、その18の時の体験がどのようなものであったかを、これまでどこにも書いたことがないんだ。恐らく、それを明らかにすれば、科学者としての資質が疑われるような、驚愕すべき経験だったのだろう。俺は、エックルスがどのような経験をしたのか、判るような気がする。そのような意味では、俺も、「体験者」なのだ。」
男は、魚徳の親父が調理して店先にその骨格を吊してあった大振りの鮟鱇のオレンジ色の肝を噛み潰しながら言った。
「とにかく、問題の核心は、感覚の問題だ。俺は、最近になってやっと、何故現象学が画期的な意味を持ったのか、それが判ったような気がする。特に、俺のような、THEORY OF EVERYTHINGとしての物理学という教条を信じて育って来た人間にとって、感覚の問題という、全く独立の問題が存在することをはっきりと認識することは、非常に衝撃的な経験であった。もっとも、そもそも、物理学に基づくTHEORY OF EVERYTHINGのプログラムが原理的に可能であるとまず信じるだけの知識と理性を持っていて、いったんその可能性への信仰を経て、その上で感覚の問題に戻るというプロセスを経なければ、感覚の問題の真の衝撃性は掴みとれない。その意味で失格なのは、ディラック方程式を理解できないもの、安易な相対主義者、自分の感性だけを信じている芸術家、それに実際家だ。」
唐沢は菊正宗を飲みながら、右の手のひらの血流の様子を見つめていた。
「もし、お前が『昼間』にいるというのが本当ならば、もう、俺に会わない方がいいんじゃないか?」
「どういう意味だよ?」
「俺にも、プライドがあるからな。」
唐沢の声は潤んでいた。
男は、唐沢の体に似合わず女性的なところがまた出たと思った。
「何を言っているんだ。俺が、お前の才能を高く買っていることは、判り切ったことじゃあないか。この世には、材料=MATERIALになる人と、そうでない人がいるんだ。お前は、少なくとも、材料になる人ではない。お前の問題点は、自分の才能の行う知的な体操の結果を、世間に切り売りするような形でパッケージできないことだ、それだけだといつもお互いに了解しているじゃあないか。それに、お前は、そのように流通しやすい形でパッケージにして切りとってしまうことによって裏切ってしまうことに対する感覚が鋭敏なので、それを潔しとしないのではないか。」
「そんなことは判っていても、お前のようにちゃんと博士号をとって、論文も発表している奴を見ると、内心穏やかじゃあないよ。」
「しかし、俺が世間的に成功したとしても、お前がそれで損することはないじゃあないか。俺とお前の利益は、背反するというよりは、一致するのだから。」
唐沢は、それでも納得しなかった。
「もし、君の望みが、夜空にきらめく星の一つになりたいのだとしたら、もしかしたら君ならばなれるかもしれないと思う。しかし、僕の望みは違う。僕は、むしろ、星々の背景の暗闇になりたいんだ。アインシュタインは星だった、ニュートンも恐らく星だった。僕は、それらの星が輝く、永遠の暗黒になりたいんだ。」
男は、以前唐沢が話していた、ブラッドベリの小説のことを思い出した。
「俺が第一級の天才だとしたら、お前は第三級の天才だという訳だな。だが、俺は、お前に、肉体というメディアを信じて欲しくない。お前が死んだら、お前の書いているノートは、俺が清書してそれを世間に発表してやるからな。」
唐沢は魚徳の女将さんにビールを一本注文してから言った。
「それは、ちょっと違うんじゃあないか。大体、時間がどうして流れるのかが判っていないのに、どうしてそんなことが言えるんだ?」
XVII
般若豊氏の「死霊」という長編小説について、NHKがドキュメンタリーを放送していた。
「いいですか、あんた、社会革命ではなくて、存在革命を目指そうというわけですよ。」
ねじ曲がったデスマスク。斜からの照明に浮び上がって。
「(ナレーター)般若豊氏の基本的概念の一つに、「自同律の不快」というものがある。」
五晩連続のドキュメンタリーを男は欠かさず見た。
五晩めの午後十時三十分ごろ、男は、唐沢に電話した。
「おい、見ていたか?」
「ああ、見ていた。」
「どう思った?」
唐沢が、いつもこのような時には神経質そうになる声で言った。
「う〜ん。まあ、あの人の言っていることにも幾つか問題があると思うのだけどね。だけど、僕としては、なるべくあの人を高く評価する方向で行きたいと思っているのだよ。」
男は、CDのプレーヤーを足指で操作しながら言った。
「俺は、最近時々思うのだけれど、評価には『絶対的』な評価と、『歴史的』な評価があるのではないか? 俺たちは、般若氏の後から生まれてきたのだから、彼より「先」に行くのは、当然なのではないか? つまり、後から生まれてきたものは、それだけアドヴァンテージがあるのであって、22世紀には、誰もがモーツアルト風の曲を何の苦もなく即興演奏したとしても、俺は驚かない。その社会における『天才』は、きっと、もっと先を行っていることだろう。」
「第一級の天才は、遍在するというわけだな。」
男は、話題を変えることにした。
「ところで、俺は、今、グレン・グールドの『ゴールドベルグ変奏曲』に凝っているんだ。」
「グレン・グールドが弾く、バッハの『ゴールドベルグ変奏曲』だろう?」
「いや、バッハが作曲した、グレン・グールドの『ゴールドベルグ変奏曲』かもしれないぞ。」
「まあ、どちらでもいいや。」
「もし、「変奏」というものの展開が元曲からある一定の法則で行われるものであるとするならば、『ゴールドベルグ変奏曲』の「情報量」は、アリアだけで十分だということになる。『ゴールドベルグ変奏曲』のCDは、アリア一曲だけを収めておけば良いということになるのだよ。」
「あとの変奏曲は、それぞれの人が普遍的な変奏の法則を適用して、空想の中で作曲、演奏して楽しむというわけか。」
「もっとも、そんなことは常人にはできっこないがね。」
「わからん。モーツアルトならばやっていたかもしれない。」
「そんなに、モーツアルトを過大評価する必要はあるまい。」
「とにかく、俺は、グレン・グールドの『ゴールドベルグ変奏曲』を、一種の知的石炭として使っているわけだ。脳幹網様体からの刺激の上向する興奮性の投射の代わりにね。ところで、脳幹網様体がやられても、人間は大脳皮質に適当な刺激を与え続ければ、覚醒し続けるのかね? もしそうだとすると、人工的な脳幹網様体と、人工心肺を移植すれば、少なくとも在る種の脳死は避けられることになり、脳幹は死んでいても、大脳だけは生きているという人間ができることになる。最も、このような人間は、睡眠と覚醒のコントロールが出来なくなるから、永遠に覚醒していて、大脳における緩慢で執拗な催眠物質の蓄積に悩まされ、眠気を催しながら覚醒しているということがあり得ることになる。考えるだけでも恐ろしい。」
電話の向こうから、唐沢の独り言が聞こえてきた。
「俺は、今夜もハルシオンなしでは眠れないかもしれない。」
XVIII
歌舞伎「義経千本桜」の道行の場は、幕が開くと、まず、静御前と佐藤忠信だけが舞台中央に立っている。辺りは折しも満開の桜吹雪で、天からのスポット・ライトが二人を白く照らし出している。
静御前と忠信は、主従という関係を忘れて、花舞台の上で舞う。ひとしきり舞い終えると、忠信は壇の浦で平家が滅びた時の様子を人形ぶりで語る。
やがて忠信だけが舞台に取り残される。折からの花風に誘われて、黄色い胡蝶が一匹、ふわふわと舞ってくる。
忠信が、次第にその狐としての本性を露にして行く。中枢神経を直接物理的に撫で回すような三味線の音が、忠信を陽光の下での狂気へと誘って行く。
やがて、忠信は、狐六法で花道を引っ込む。
男と唐沢は、芝居が跳ねたあと、いつものように雷門近くの「マウンテン」へ向かった。男は「おいもやさん」と抹茶を、唐沢はジャンボ・コーヒーを注文した。
「鶴屋南北に「鯨のだんまり」っていうのがあるってね。」
「へえ、どういう趣向だい?」
「幕が上がると、黒幕を背景に漁師が五人立っているっていう寸法だ。」
「それで?」
「しかし、皆がくたびれるほど働いた代わりには、まずこの浦へ華々しく、お客とともに引き寄せた大鯨。」
「それで?」
「それよなア、内裏の沖から見つけ出して、津津浦浦の漁船に、負けぬ気性の一の魚銛。この里ばかりか七里が、受けに入った大仕合」
「ふむふむ。」
「あははは。一の魚銛の浦祝いに、何卒いい娘でもなア。」
「ほい。」
「つき当てたいとは欲の上もり、一の銛よりむづかしい、てなわけさ。」
「それで?」
「そこで、黒幕の真ん中が切り破られて、赤い肉がべろっと見える。百日かずらのきらびやかな四天の衣装で、海賊が飛び出すのさ。『ああ、助かった、鯨に飲み込まれて往生していたところを、思わず助かった』とやるのさ。」
「それが『鯨のだんまり』かね。」
「ああ、岩波新書の、郡司正勝という人の本に書いてあるよ。」
男は、おいもやさんの湿った粉が前歯の裏の歯肉についていたのを人指し指でこそげ落した。
「ところで、唐沢よ、俺は、最近になって、やっと、『ルサンチマン』から解放されつつあるという気がするよ。」
「それは危険だ。だって、『ルサンチマン』は、肉体性そのものである可能性があるじゃあないか。君の言う『ルサンチマン』からの解放は、結局肉体性の喪失を意味するだけかもしれないよ。」
「若者はルサンチマンに満ちていて、その過剰を持て余す。一方、成熟は、ルサンチマンからの開放と、一種の静謐な観照の境地をもたらすが、それは実は老いの兆候に過ぎないというわけか?」
唐沢は、顎髭を摩りながら言った。
「お前が、いつか、やたらに食べることや飲むことに淡白になって、我唯足るを知るなんてやっていた時があったろう。俺は、あの時は非常に心配になった。」
「俺も、あの時はどうかしていたと思う。まあ、当分、我唯足るを知らずで行くことにするよ。」
男は、抹茶を一口飲みと、話題を変えた。
「ところで、この前話していた、美学の生理学的起源だけどなあ。君が、プラトニストであろうとアンチ・プラトニストであろうと、肝心なことは、美学におけるクオリアはある数学的な構造と一対一に対応しているということなんだ。例えば、長調と短調という対立様式が何を表現しているかということだ。それは、「喜び」と「悲しみ」といった宙ぶらりんの観念的な対立様式を表現しているのでは断じてない。「長調」と「短調」という対立様式は、ある数学的な計算様式から、計算されるのではないだろうか?」
「ふうん。つまり、音を構成する波長の時系列パターンから、どのような計算過程を経て「長調」と「短調」という二つの感覚が生ずるかということを知りたいのだな?」
「そう、その分野が、全くの手付かずといって良い分野なんだ。それどころか、理化学研究所の石丸さんという聴覚の専門家に聴いて見たら、そもそも、不協和音と協和音という感覚がどのようにして生ずるかも神経生理学的にはわからないそうだ。大体、このような研究テーマでは人間を使うわけにはいかないしね。もっとも、田口なんかは、死刑囚を人体実験の材料に使うことを以前から主張しているぜ。彼に言わせると、死刑を選ぶか、人体実験を選ぶかの選択肢を囚人に提供している限り、問題ないという主張なんだ。」
唐沢は、珍しくヒューマニストとしての側面を見せて言った。
「それは、どうかなあ。殺してしまう方が、人間的的ということも有るのではないだろうか。それにしても、早く誰か俺が前から言っているように脳と脳を電極で繋ぐという実験をやってくれないかなあ。」
XIX
全てが集まってくるところ。全てが離れ行くところ。
結局、人間の精神活動は、ある中核的な永遠の疑問点を巡って無限運動している。
死んだ後存在しないことを恐怖するのならば、何故、生まれてくる前は存在していなかったことを恐れないのか?
XX
唐沢よ、私は、不可思議で仕方がない。どう考えても、「夢」を理解できるとは思えないのだ。私は、時々、眠りから醒めたばかりでも立上りが早く思考し始めるその頭蓋の中のプロセスにおいて、うめき、悶え、苦しむ。「夢」を見る際のレム睡眠状態における脳の活動を支えているのは、脳幹部にある網様体賦括系だ。これは、昼間に外界から入ってくる感覚性の入力と異なって、その性質は無秩序である。もし、「夢」が、このような無秩序の入力に依存して形成される束の間の時空間パターンのようなものであるとするならば、何故、「夢」は、一貫したストーリーを持っているのだろうか? 脳は、一体、ある程度無意味な入力さえ強制的にある意味付けした解釈をしてしまう、そのような性質を持っているのだろうか? もしそうだとしたら、そもそも、豊かな構造を持った外界があって、脳はその中に含まれている情報の一部を取り出して解釈しているという考え方は、間違っているのではないだろうか?
そもそも、この世界の多様性の全ての根源、その雛型は、既に脳の中に存在しているのではないか?
そもそも、脳があるから我々は世界を認識できるのではなく、我々の精神はもともと世界の中の全てのもの、森羅万象を、同時に、瞬間的に認識できる能力を持っているのではないだろか? ただ、そのような認識は、我々の生存にとって耐え難い重みであり、むしろ有害なので、我々の意識はそのような無限の可能性を敢えて制限しているのではないだろうか?
このような問題を、私と唐沢は、カンビールを飲みながら、花見の季節も終わった大川端の高速道路の下で議論したことがあった。しかし、今は、そのようなことを振り返る時ではない。
私は、いつか、唐沢と論じた問題を解明する科学論文を世に発表することであろう。
やがて来るべきものへの予感。
未知なるものから吹いてくる、爽やかで甘酸っぱく心をとろかす思い。
唐沢へ。